読書篇
小学四年生の頃に出会った『孫子』と中学三年生の頃に出会った柳田國男の『妖怪談義』、この二冊の話から始めたい。実体験でも語るべきことはあるが、上手く思い出すことも、上手く書くことも、できそうにないので、すべて後回しにする。
小、中学生の頃
『孫子』は、戦乱の中で、いかにして敵をだまし、味方を守って生き抜くかを書いた兵法書だが、友人たちとどう接すべきかさっぱり分からなかった私に、考えるヒントを与えてくれた(もちろん、友人をだますのは得策ではない)。そればかりか、ものごとを筋道立てて考えることの強力さとおもしろさも知った。この、「ものごとを筋道立てて考えることの強力さとおもしろさ」は結局、哲学と数学のおもしろさと同質のものだった、と今になって気付くが、少年の私には、自分が何に魅力を感じているかが分からなかったのは当然である。私はうずうずして、手あたり次第に本を求めた。『孫子』に関係しそうなもの、『孫子』が感じさせてくれたものに関係しそうなものを探して行き当たったのは、一つは哲学、一つは経済学および経営学だった。
『孫子』と同じ中国古典の『荀子』の本を買うと、その解説に「孔子はソクラテス、荀子はアリストテレスに比せられる」と書かれていて、それだけを見て、闇雲にアリストテレスの『形而上学』を手に取ったのであった。たったこれだけの文言から、アリストテレスに手を伸ばしているのを思っても、当時の私がいかに知に飢えていたかが察せられる。アリストテレスはさすがに難しかったけれど、『孫子』に感じた魅力と同質の魅力を、やはり確かに感じることができた喜びは小さくなかった。
経済学および経営学の方はどうかというと、『ビジネスに役立つ古典 『孫子』』というような形で『孫子』の名前を目にしたところから、『孫子』とビジネスというのは関係があるらしいと考えて、あれこれ読むようになった。経済学は、社会の仕組みを解き明かしてくれるように思った。また、経済学の延長で、統計学の本も読んでみたが、その中では、中心極限定理という定理の証明のことを一番よく覚えているということは、やはり、数学的な秩序の美しさというようなものにも、魅力を感じていたのだ。
経営学は、人間の心理をよく理解した上で組織や戦略を考える、という点で、最も『孫子』に近いものと思う。例えば、人が仲良くし続けられる人はせいぜい150人だという意味のことを言ったロビン・ダンバー(この人は人類学者だが)の説を経営学の本で読んで感心したのは未だに色褪せない記憶である。思うに、経営学が面白かったのは、それが人間の有限性、誤解を恐れずに言えば人間の愚かさに向き合おうとする学問だからだと思う。いうなれば、「人間は、記憶や想像力や気づかいに限界があり、錯覚や思い込みを起こすし、不安になったり、寂しくなったり、イライラしたりする。だから、人間関係はうまくいかないし、人間社会はいざこざが止まない。しかし、だからこそ、その愚かさがどういうものかを知れば、上手くいくように仕向けることができるのだ」という主張として、私は経営学を理解したのであり、だからこそ『孫子』や経営学は人間関係で悩んでいた私の求めに応じたのだ。このことはまた、政治、法、教育、文学、宗教等々の問題への関心へと、私を導いた。
アリストテレスは難しい、経済学や経営学は面白いけれどどこか物足らないとぼんやり悩んでいたとき、ひょっこり出くわしたのが、柳田國男の『妖怪談義』である。これは実に面白い本で、第一に、妖怪の正体を暴こうとしていない。そして第二に、妖怪についての伝説を伝えようともしていない。言い換えれば、妖怪についての伝説を、否定しようとも肯定しようともしていない。そもそも妖怪についての伝説そのものは、はなから問題ではないのだ。柳田が問題にするのは、なぜ人は妖怪について語り、それを信じるのかということ、即ち人の心だ。私は、妖怪という、実体のない空想を通して、ずっしりと重い人の心が語り出されているのを見て、驚嘆した。(もちろんこれも後からの言語化である。私が何に感動したかを語る力は当時の私にはなかった。読書感想文を発表したときは、教師に言われるがまま、「環境破壊を続けると河童に仕返しされるかもしれない」などという不本意な結論で妥協せねばならなず、もどかしかった。)
これもやはり経営学の場合と同じく、人間がそもそも不合理なものだということを言っているのであって、その上で、その不合理さを飽くまで合理的に整理して、まざまざと見せてくれるところに面白さがあるのだ。
以上のように整理すると、私は小さなころから、この世界の合理的な秩序と、私自身を含めた人間の不合理な無知、無力と、この二つに同時に関心を持ってきたことが分かる。
高校生の頃
中学三年の私が柳田國男に出会った2013年は、マルクス・ガブリエルが新時代の哲学の旗手として、鳴り物入りで登場した年でもある。アリストテレスから出発して(プラトン、デカルト、ベーコン、ライプニッツを経て)カントに至って全く歯が立たないのを感じていた(この時のことについては、別に書いた。「カントについて」)私は、2015年、ドイツ観念論を特集した「ニュクス」という雑誌でその若い哲学者の名前を知った。この「ニュクス」という雑誌は、創刊号では当時既に高名ではあったがそこまで知られてはいなかったジョルジョ・アガンベンとジャン=リュック・ナンシーを登場させ、まだ邦訳が出されていなかったマルクス・ガブリエルを第二号で紹介し、第三号では新しい全集の研究成果が上がり始めていたカール・マルクスを特集するなど、新しいものを追い、集めたものだった。創刊号と第二号ともに寄稿していた坂東洋介氏による近世日本思想の話にも興味を持った。創刊号の第二特集「現代ラカン派の理論展開」をまとめていた松本卓也氏は京都大学に赴任することになり、私は授業等を通じて少なからぬ刺激を受けることになった。他の執筆者のうち数人や編集者とも、後に顔を合わせることになる。要するにこの「ニュクス」は、現代の思想もしくは思想史研究の世界を私に紹介してくれたのであり、一方では雑多な刺激を私に与えて、まとまりのつかない勉強に走らせ、他方では後に自分が研究の世界へ入ろうとした際の幻滅の前提を用意してくれたといっていい。
だから高校生の私はカントを放棄して、マルクス・ガブリエルを読み、ジョルジョ・アガンベンを読んだ。そこに、哲学史の最先端があり、現在生きている哲学があると思った。人間世界の秩序と無秩序というような問いは、この時代に限ったものではないということを知らなかった。
和辻哲郎の『人間の学としての倫理学』、西田幾多郎の『善の研究』、九鬼周造の『「いき」の構造』を読んだのも同じ時期であった。これは、高校「倫理」の教科書や用語集に載っていた引用文に興味をそそられたものであろう。九鬼については覚えていないが、西田は和辻より後に読んだのだった。私はまず「人間の学としての倫理学」とか「間柄的存在」という言葉に惹かれた。しかし和辻の解釈学的方法は当時の私にはもの足らず、もっと確実な足場のようなものが欲しいと思った。その時、「意識現象が唯一の実在である」と断言してくれる『善の研究』のすがすがしさが魅力をもって現れてきた。「純粋経験」ということを足掛かりにして「善とは人格の実現である」ということを主張する『善の研究』に私は随分説得されたらしい。しかしまた和辻の倫理学の説得力も否めず、両者をまぜこぜにしながら、自分の考えをどうにかまとめようとしていた。
少し遡るが、カントに挫折したころ、カントがルソーの『エミール』に感激したというので、私もそれを読んでみた。「エミール」という少年が生れて結婚するまでの出来事を描くという形で、子供の教育について論じるものだ。ルソーは何事も飾らず、誤魔化さず、ありのまま、自然のままが一番いいという立場でそれを書いているのだが、それにも影響を受けた。思えば、ルソーにせよ、西田にせよ、柳田國男にせよ、また受験期に興味を持ち始める本居宣長にせよ、人間の心の底に渦巻く禍々しいエネルギーを肯定するようなところが共通していると思う。陽明学の心即理という感じだ。
大学に入るまでの私の読書遍歴は大体以上のようなものだ。プラトン以降の哲学史を辿るのを中途にして、ガブリエルやアガンベンに興味を持ち始め、他方で宣長や西田、また数学などにも関心を抱いていたのだった。
大学入学から卒業論文まで
ガブリエルへの関心が結局どこへ向かったのかをひとっ飛びに言うと、メディア論である。現代の哲学者が現代社会の見方を(間接的に)教えてくれたわけである。メディア論と言えば、そういう複雑な現代社会のありようを考察している一人がアガンベンで、だから当時から今に至るまで、アガンベンの思想への関心は断続的に続いている。
アガンベンと言えば、『アガンベン読解』という優れた入門書を書き、翻訳も複数出している岡田温司さんも、京都大学に居られて、何度か授業に出た。松本卓也さんにせよ、岡田さんにせよ、授業や著書の内容そのものよりも、その話についていくためにと読んだ本たちの方が私の糧になっている。授業や勉強会というのは概してそういうものだ。例えば松本さんは「ハイデガーの『存在と時間』は皆さん高校生の頃に一度は挑んでいるだろうけど」とか、「サルトルの『嘔吐』は多くの人が読んでいると思いますが」というような言い方をして、学生の向学心をくすぐっていた(断っておくと、これはそう嫌味な言い方ではなかった。松本さんの授業態度は概して楽しそうだった。松本さんの旧友というある社会学者は「松本君は京大へ行ってから本当に楽しそうだ」と言っていた。だから私なども楽しく勉強できたのだ。)あまり品のある指導方針ではないが、私はまんまと勉強した。岡田さんの授業は取り上げられる図像や思想が多岐に渡るのに、それらを通して結局何を伝えたいのかがいまいち分からなかったから、いつも消化不良であった。それでも、岡田さんも、自分が扱うテーマが大好きなことだけはよく伝わったから、なにか面白いことを言っているに違いないと思って齧り付いていたのだ。そうやって、ラカン、アガンベンだけでなくいろいろなものを勉強することができた。岡田さん、松本さん、その他先生方や、学生仲間については、書きたいことがまだまだあるのだが、キリがないのでやめておく。
さて、宣長の魅力の一つは、「からごころ」の批判にある。理屈に執着して素直な心を失うなという叱責の声である。だから「からごころ」は「漢意」だが、中国に限ったものではなくて、洋の東西を問わず、思考が硬直してしまうことは人間の常態である。ものをよりよく見ようとしていたはずの思想が自らを縛って世界を呪う。宣長はとにかく、理屈に囚われるな、ものごとをありのままに見よ、そして粛々と朗らかに生きよというのである。結局、どのような哲学史や哲学の入門書よりも、この宣長の精神が、西洋の哲学というものの扉を開け放ってくれた。私はプラトン、モンテーニュ、カント、ヘーゲル、キェルケゴール、アドルノといった哲学者を敬愛しているが、彼らは皆、人間の知性がいかに偏狭なものであるかを弁えた上で、世界を信じ、愛している。
また他方で、宣長の「からごころ」批判は、小林秀雄にも通じていた。小林の話の前に少し話しておかなければならないことがある。私は大学の卒業論文でヘーゲルの『大論理学 Wissenschaft der Logik』の冒頭を扱った。ヘーゲルは、ものごとを筋道立てて整理したいという私の欲望によく合致していた。ヘーゲルを理解すれば、この世界の全てを余さず筋道立てて考えることができるようになるのではないか、というような期待さえ抱いた。卒論は、ヘーゲルが、何か一言書きつけたその瞬間に、その否定として次の一言が生れ、それを書きつけた瞬間に、その否定として次の一言が、という仕方で書いていたことを示そうとするものだった。結果、私はものが書けなくなった。自分がものを書く時にも、自分が今書いたばかりのものを否定せずにはいられなくなったのだろう。さらに、全てを筋道立てて知ることが不可能であることを悟ったということもある。結局、書くって何だ。書くに値することとは何だ。書いて何の意味がある。私の考えていることはどうやったら書けるのか。自分の書く一言一言が避けようもなく嘘になった。そういう時に小林秀雄を読む機会に恵まれた。
小林のデビュー作「様々なる意匠」は、当時の批評家たちが「○○主義」に囚われて、自分の感受性を信じることができなくなっていることを批判したもので、「からごころ」批判と通ずるが、さらにさかのぼって、彼が強く影響を受けたアルチュール・ランボーは、世界の全てが嘘であってその言葉だけが本当である様な言葉を書いて、しかもその言葉を否定して、一切詩を書くのを止めてしまったというとんでもない人だ。小林にとっては単に自分の感性でものを言うだけでは十分でない。現実に迫るために自分の感性を危機に曝さなければならない。当時の私の気に入った小林の文章に「物質への情熱」というのがあって、そこにはこんな風にある。「詩人とは美しいものを歌う気楽な人種ではない。あるものはただ現実だけで、現実に肉薄するために美しさを頼りとしなければならぬのが詩人である」。言葉の世界の中で窒息しかけていた当時の私は、言葉が血肉を備えた現実を掴むことを知った。ヘーゲルもそれをした人に他ならないが、『大論理学』の特に冒頭は、敢えて最も丁寧に血肉を洗い去った部分であった。
大学院生時代から現在まで
しかし、素直にものが書けるようになるには、もう少し時間がかかった。小林秀雄が多くの日本の小説家たちについて語るので、私は彼らのうち幾人かと馴染みになって行った。その内には自然主義文学と呼ばれる一群の小説家たちもいた。田山花袋、島崎藤村、岩野泡鳴、徳田秋声、正宗白鳥というのがその代表とされる。中でも花袋と泡鳴は、「描写論」といって、小説の書き方について議論を交わしていたのが、当時の私の興味を引いた。また、自然主義全体の傾向として、おもしろいかおもしろくないか、美しいか美しくないか、良いか悪いかということを度外視して、自分の見たまま感じたままをただありのままに書くことをよしとしているのも、おもしろかった。いわば、人間のどうしようもなさを、価値判断抜きに可能な限り正確に再現するということだ。そうして、ものを書くということの意味を、事実ありのままを自分自身で確かめること、そうして見えるものを見落とさないようにすることと考えると、書くことが苦しくなくなった。さらに正宗白鳥は、本当のことをそのまま書こうとしてもどこかで必ず嘘になると指摘して、そのまま書こうとし続けた花袋の考えを否定しつつ、しかしその嘘が面白いのだと言っている。それを読んで、私も、本当のことをどこまでも素直に見たいけれど、どこかで嘘が混じると知りつつ、その嘘をも楽しめるような気になった。そんな意味で、特に白鳥は恩人と言っていい。
修士論文の題材にはエルンスト・ブロッホという人物を選んだ。彼は、「私たちは私たち自身について、まだ何も知らない」という謙虚で真摯な態度を持った哲学者で、そういうところから共感を覚えたのだが、同時にマルクス主義者でもあって、謙虚で真摯な態度は実は一貫していない。「私たちは私たち自身について、まだ何も知らない」という認識から彼が取り出してくるのは、「私たちが私たち自身について、本当に知る時は必ず来なければならない」という断定だ。こうなると私は付いて行けない。結局、ブロッホと付き合うことで私が知ったのは、ある種の理想主義の不幸と、逆に、現に私が生きるこの世界を本当に生きるということの大切さである。上に、人間が愚かだとかどうしようもないとかいうことを言ってきたけれど、考えるべきはその愚かさを乗り越える方法ではなくて、愚かさを素直に受け入れて生き抜く心だ。愚かさを否定し、理想的状態を夢見るとき、現にある愚かさは蔑まれてしまう。だって私自身愚かなのだ。愚かさを軽蔑する権利などどこにもない。
たまたま、ブロッホについて書いていた時に九鬼周造を読んだ。彼の言によれば、可能性は未来に属し、偶然性は現在に属す。未来が現実になるのはそれが現在になる時のみだというのはあたり前だが、それを言い換えれば、可能性が現実になるのはそれが偶然に現れた時のみである。現在の偶然性に目を留めて、そこに未来の可能性を認め、更にそれを必然性にしてしまうとき、それは運命になる。私達の生は、偶然性を跳躍台としてのみある。それはつまり、私達の愚かさそのものをばねとして生き抜くということだ。
もう一つ、ブロッホと同時期に読んで励みになったのが、マルティン・ルターだ。ブロッホはトーマス・ミュンツァーという神学者を高く評価するが、そのミュンツァーの宿敵と言ってもいいのがルターである。ミュンツァー(とブロッホ)は理想世界を渇望し、それを実現しようと呼びかけるが、ルターはそもそも人間にそんな力はないと断ずる。人間は無力で愚かで利己的だ。どうしようもない。だから私たちはひたすらその自分の愚かさを引き受けるしかない。だが愚かであれば自分で引き受けることはできないはずだ。引き受けることができるとしたら、それは自分以外の何者かのおかげなのだ。ルターはそれを神と呼ぶ。私たちは神のおかげで自分の罪と向き合うことができ、神を愛し、仲間を愛することができる。こういうことを語るルターの言葉は、見掛けと違って情熱的で溌溂としているのがうれしい。私はその気迫を伝えきれていないに違いない。
ルターと同じように、自己の無力を徹底的に自覚するところから出発するのが親鸞である。私たちは悪人だ、ひたすら念仏せよ、それだけが確かだと語る『歎異抄』の言葉はすさまじい。
人間世界の秩序と無秩序を知ろうとしてきて、秩序より先に無秩序の方を良く知らなければならないと思うようになった。柳田國男などの示す文化や習俗、小説家の描く人間の姿に興味が惹かれるし、哲学に関しても、そういう複雑な人間社会に通じたもの以外はつまらないと思う。ただ、秩序についても興味がなくなったわけでは全くなくて、数学や、法学などはやはり面白いと思う。
なお、現在石田霜舟の筆名で文藝誌『灯台』(『灯台』文藝同人誌|note)の一員としても活動している。