カントについて

自己紹介読書篇の中で、高校生の頃にカントに挫折したと書いた。そのときのことについて少し書いてみたい。その理由としては、いい入門書と出会えなかったことや、翻訳が読みづらかったこともあるかもしれないが、最も大きかったのはカントの書き方そのものだった。それは、よく言われるカントの悪文というのとは別のことだ。『純粋理性批判』の本論の最初に当る、「超越論的原理論第一部 超越論的感性論 第一節」の冒頭を訳出しよう。

「認識が対象と関わる際、それがどういう仕方でまたどういう手段に拠ったとしても、変わらないこととして、認識がそれを通して対象と直接関わるもの、また、全ての思考が手段として求めるものは、直観である。しかし直観は、対象が我々に与えられている場合にしか、ありはしない。またしかし、対象が我々に与えられるのは、少なくとも我々人間にとっては、対象が何らかの仕方で心を触発することによってしか、ありえない。我々が対象に触発されることによって表象を現れるようにさせる能力(感受性)を、感性とよぶ。だから感性を通して我々に対象が与えられるのであり、感性だけが我々に直観を与えてくれるのだ。しかし悟性によって対象が考えられ、悟性から概念が生ずる。」

ここで主張されていることというのは、要するに、最後の二文(原文では一文)で、我々には感性と悟性という二つの能力があって、感性は直観を与え、それを通じて対象(リンゴとか他者とか)を与え、悟性は対象についての思考と概念を与えてくれる、というものである。

しかし、もう少し細かく検討して見よう。まず、「直観」とは何か。それはこの文だけでは分からない。だから、一旦保留しよう。そうすると、最初にカントが言っているのは、我々は対象を直接(直観抜きで)認識することは出来ないし、いきなり(直観抜きで)ものを考えることはできないということだ、と分かる。ここからさらに遡及的に分かるのは、認識というのは、直観と区別されているわけだから、相当程度はっきりしたものだろうということ、また、同様に思考というのも、直観を必要とするというわけだから、相当程度具体的なものだろうということだ。カントは、認識、思考という言葉を、そうやって限定して用いている。しかし、この限定は何によって正当化されているのだろうか。それは示されていない。むしろ、「認識というのは、直観について判断を下すことだ」、「思考というのは、直観を結び付けたり切り離したりすることだ」という暗黙の前提があったからこそ、こういう風に考えられているのではないか。当時の私はこう考えた。私がカントに挫折したのは、こういう理由であった。

比較のため、ライプニッツの『モナドロジー』の冒頭を引こう。

「1 私たちがここで論じるモナドとは、複合体の中に入る単純な実体に他ならない。単純とは、部分がないことだ。
2 複合体があるからには、単純な実体がなくてはならない。複合体とは、単純な実体の集まりないし〈集合〉に他ならないのである。
3 さて、部分がないところには、拡がりも、形も、可分性もない。そしてこうしたモナドは、自然の真の原子であり、一言で言えば事物の要素である。」(『モナドロジー 他二篇』谷川多佳子・岡部英男訳、岩波文庫)

ここでライプニッツは、まず我々が知っている全ての事物を複合体として見た上で、複合体であるからには、その要素があるのでなければならないと推論する。そして、その要素が単純、即ち部分がないとすれば、拡がりも、形も、可分性もないと推論する。そうして、このモナドというものの性質について考えよう、というのである。ここには、異を挟みうるような暗黙の前提はおかれていない。諸事物が複合体であるというのは十分承服できる前提であり、複合体があるからには単純な実体がなくてはならないという推論にも、異論の余地はほとんどない。こうして、ライプニッツの主題である「モナド」は実にさりげなく、読者に提示されるのである。これ以後も、『モナドロジー』は鮮やかな論理性に貫かれている。当時私はこれに魅せられたものである。

その後に、カントを読むと、出発点があまりに不透明に感じられたのだ。まず何よりも、「認識」、「対象」、「直観」、「表象」、「感性」、「悟性」、「概念」と、複数の概念が一気に提出され、しかもそれらの関連が論理的に示されていないところが、厄介だ。

それに対して、「純粋経験」という着想を出発点とする西田幾多郎や、完全に無内容、無意味な「ある─ない─なる」というカテゴリーから意味を構成しようとするヘーゲルが、透明で確実な道行を示してくれるように思われたのだった。

私は今また『純粋理性批判』を読もうとしている。カントは、私程度のものが考え付くような異論などとうに知っているに違いないという信頼が、今度はある。

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