Vintage record player playing jazz vinyl with handwritten letters and quill on wooden table

5月20日: 異星人になること

暑い。

とんかつ屋さんの弁当が2割引きだったので買った。チキン南蛮。とても柔らかでうまかった。本屋で関正夫さんの参考書を立ち読みする。なかなかいい。

ふと、”Sound of Silence” を思い出して聞く。

三たび『英標』を確認する。最多が Russell で14題、つぎに Huxley で9題、その次に7題の Maugham と Lynd が並んでいる。Hemingway が6題、Alfred Gardiner が5題。

久し振りに Tom Waits を聴いている。初期のも後期のも好きだ。

図書館の自由委員会から、図書館の自由に関する宣言のポスターとはがきが届く。

教育は、営業に似ているというようなことを以前書いたが、今日は、教育は、未知の世界を案内する案内人の仕事に似ていると思った。私たちは、数学やら英語やら古文やらの世界に住み慣れている。少年たちはそうでない。もし異星人に日本を案内するとしたら、言葉や日常的なルールだけでなく、思わぬところでトラブルが続出するに違いない。頭を絞りに絞って、異星人向けのガイドブックを書いてみたところで、実際に異星人に接して見なければ、何をどう教えなければならないかは分からない。いや、接して見ても、厳密にはそれは分からない。翻訳は、大抵翻訳される側の言語のネイティブスピーカーがやるものであるように、教育をするにも、数学やら英語やらの世界から一度外に出てしまわなければならないらしい。それはたぶん、再獲得の過程なのだが、精神的な問題において、初心を思い出すというのは難しい。精神に後戻りはありえない。

『英標』の話をする記事は、「なぜ優れた参考書は難しいのか」というタイトル案を考えた。


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