文学に賭ける

愛知県一宮市の個人塾、いしだ塾の塾長、石田喜嵩です。

田山花袋や葛西善蔵のような「芸術派」的な文学と、宣長や小林の文学はどういう関係なのでしょう。

実は、これらは同じものではないでしょうか。
批評はそれ自体文学です。
小林や河上も、批評という行為に価値を見て、そこに賭けたのです。

文学に賭けるとはどういうことか。
飛躍しますが、それは、目の前にある現実を直視しつつ、その外ではなくその内部にこそ理想を探り当てようとするということです。

理想主義とか現実主義という形容をもはや受け付けない真摯さ。
「どうすることもできない」という諦観と「このままでいいはずがない」という理念をどちらも拒絶しないでいること。
「このままでいい」という居直りと「変えなければならない」性急さをどちらも拒絶すること。
そういう文学の価値を尊ぶ点においては、私は人後に落ちないつもりです。

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