皿洗いは豊かだ

愛知県一宮市の個人塾、いしだ塾の塾長、石田喜嵩です。

皿洗いは楽しい

皿洗いをしながら思い出しました。
「本の構想を練るのにいちばんいい時間は、皿を洗っているときだ」という言葉。言ったのはイギリスの探偵小説作家であるアガサ・クリスティです。彼女は自分の皿を洗いながら、作中の犯人がどうやって人殺しをするかを考えていたのでしょう。

皿洗いは、ともすればめんどうな雑務として後回しにしてしまいがちですが、いざ始めてみると案外楽しいものです。洗剤の量は少なすぎないか、多すぎないか。泡は十分か。しっかりすすげたか。食器はどう並べるか。そして頭では別のことを考えているものです。

さて手を拭って机の前に座ると、さっきより頭がスッキリして、いい気分で勉強を再開することができます。

散歩をしたりちょっとした運動をしたりするのも同じで、注意力を使いすぎないで過ごす時間は、勉強にいい影響を及ぼします。

皿洗いは豊かだ

私はよく考えるのですが、皿洗いのような日常的な仕事がつまらないとしたら、やる価値のあることとは何なのでしょう。「皿洗いなんかより有意義なことをやりたい」。しかしそれは本当に皿洗いより「有意義」だと言えるんでしょうか?

もちろん、皿洗いが最も有意義だという意味ではありません。なんであれ、やる価値のないことはないのです。

私たちが、皿洗いをどうでもいい仕事だと思ってしまう理由の一つは、単調な作業に見えるからです。しかし全く同じ作業はありえません。今流している水は、ついさっき流した水とは違う水です。私たちは、違う水、違う泡、違うスポンジを、同じものだと感じる不思議な性質があるようです。

一時一時は新しいのに、私たちは一時一時の新しさが見えなくなることがあります。あったはずのものが、なかったことになってしまう。何も変わらない、つまらない景色は、私たちが作り出したものだったのです。

楽しく、有意義に過ごすことは、何をやるかではなくて、どういう心構えでやるかにかかっているのです。

勉強の心構え

勉強でも同じです。

単調な作業のつもりで問題を解いていては、ほとんど何も身にならないものです。

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