お告げを受けました
愛知県一宮市の個人塾、いしだ塾の塾長、石田喜嵩です。
二重の偶然
ミシェル・フーコーというフランスの哲学者がいます。
昔、友人と『狂気の歴史』の読書会をやったことがありますが、難しくて数回でやめてしまいました。
「啓蒙とは何か」という論文だけは、カントの「啓蒙とは何か」と合わせて読んで、少しは読めたように思います。
フーコーが、なぜか、夢に出てきました。
その日に書店で『ミシェル・フーコー講義集成』が文庫本になっているのを発見しました。
奥付を見ると、出版日は昨日。
偶然にしてはできすぎています。
といって、運命だと信じるほど素直にはなれませんが。
夢にまで出てフーコーさんが知らせてくれたのだから、買って読むのが礼儀というもの。
近々買ってみようと思います。
ふと、一年前のことを思い出します。
その時は夢で武田泰淳の『富士』という小説が出てきたのでした。
取り寄せて読んでみました。
一章で挫折しました。
フーコーも同じ結果に終わるかもしれません。
夢でのお告げ
ところで、昔から夢でのお告げというのがあります。
西郷信綱『古代人と夢』という本まであるくらいです(気になりつつまだ読めていませんが)。
古来人は夢でお告げを聞いて、生き方を大きく変えたり、災難を逃れたり、大切なものを見つけたりしてきたようです。
しかし、それは実際そのあとお告げの通りになって初めてお告げが信じられ、伝えられるのです。
今の私のように、夢で見ても、そのあと何もないような場合には、何も伝わっていかないでしょう。
もしかすると、歴史上も、空振りのお告げは、当たったお告げにもましてたくさんあったのかもしれません。
すると、夢のお告げというのも、それほど不思議ではないように思えます。
運命やお告げというのは、当人がそれを強く信じて行動して初めて成就するものなのでしょう。
私も、告げられたからには、成就させたく思います。
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