勉強は人を救う
愛知県一宮市の個人塾、いしだ塾の塾長、石田喜嵩です。
「学歴コンプレックス」は枝葉末節
今日は昨日の続きです。
昨日の記事では「学歴コンプレックス」を助長するな、と述べましたが、「学歴コンプレックス」そのものは問題の枝葉末節でしかありません。
wakatte.tv がなくても、「学歴社会」がなくても、コンプレックスは生まれ続けます。
本来の問題は「学歴社会」ではなく「劣等感社会」、「自信喪失社会」、「無責任社会」のはずです。
極論ですが、誰もが自分の人生について自分で考えて、責任を持って行動するようになれば、「学歴」に執着することのばからしさは、説明するまでもなくなります。
しかしもちろん、自分の人生について悩むことがない人も、少なくないし、ある程度自分以外に責任を帰することになるのも、この社会で生きていれば、仕方がありません。
誰もが実存として、また主権者として目覚め、自らの意味や価値を自分で発見したり、主体的に政治参加したりする社会、などというのは少なくとも当面は、夢物語です。
当面は、こういう社会を生きなければなりません。
こういう社会の中で、コンプレックスが減るようにするには、どうしたらいいのでしょう。
やらねばならぬことがないなら、勉強しなさい
それこそ、勉強なのです。
確認しておかなければいけませんが、wakatte.tv を含めたいわゆる「受験産業」が中高生に教えているのは、ほとんどの場合「受験対策」であって、「受験勉強」であることはあっても、それは、「勉強」というものの本来の広がりから言えばとても歪んだ、とても小さなものです。
やや大仰な言い方を許せば、勉強は救済になります。
やりたい学問、あるいはやりたい仕事がある人は、そもそも学歴コンプレックスというものに陥りません。
自分が何に興味があるのか、どう生きなければならないか、どう生きたいかについて何も想像できない人が、そういう蹉跌をするのです。
そういう人にとってこそ、本来、勉強が生きるのです。
どうせしなければいけないことがないのなら、人より勉強すればいい、と思います。
ただし、勉強だけではなく、旅もまたいいものだ、ということは言っておかなければならないでしょう。
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