Woman in kimono writing with quill outside traditional Japanese buildings

5月10日: 明治村に行く

友人が行きたいというので、朝から明治村に行く。鬼滅の刃とのコラボ企画をやっているようで、謎解き用の立て札がそこここに立てられ、コスプレをしている人や、謎解きに唸る人が散在していた。

第四高等学校の物理化学教室には、当時の面影が残っているほか、明治村を創設した谷口吉郎と土川元夫を顕彰する部屋があった。二人とも四校の卒業生だったからとの由だが、創設者を顕彰する部屋にしては控えめで面白い。
高松の四国村ミウゼアムには、最後に創設者を顕彰する部屋があった。どちらも、熱い思いに胸打たれる。四国村ミウゼアムは、敢えて無名な人たちの家や仕事場を残すというもので、そちらの方が深い感動があるような気がする。

Mendelssohn Symphony No.3 London Version というのがあるらしい。少し違っていた。

西田幾多郎が(飽くまで当時の哲学者の水準に照らして、の話だが)外国語が得意ではなかったことから、語学の能力と思想の独創性は両立しないのではないかと、誰かが書いていた。アインシュタインの脳は、言語に関わる部位が小さかった、というのもよく言われる話である。これはおそらく、抽象的な直観力が、言語能力とは、少なくとも無関係だということだろう。しかし西田やアインシュタインほどの抽象的直観力が必要とされることは、まずないといってよい。それに、外国語が達者でなかった哲学者の側に西田をおき、そうでない側に山内得立や森有正をおいてみたところで、一方は他方より独創性においてはっきり劣るなどとは、どうも思えない。そこで、語学力と思索との関係があるとすれば、語学力を確かなものに保つのに必要な復習の時間が関わって来るくらいだろうと思う。とはいえ、豊かな語学力に裏付けられた思想というのも、何かしら特徴はあるように思えて(思いたくて)ならない。九鬼周造、山内得立、今道友信の三人は、からっとした、それでいてしみじみとした味わい深い境地を共有しているように思われるのだが。


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