国旗損壊罪の議論のされ方
愛知県一宮市の個人塾、いしだ塾の塾長、石田喜嵩です。
「日本国国章損壊の罪」について
先日、国会で可決された三つの法改正が話題になりました。
皇室典範と刑法と刑事訴訟法です。皇室典範は旧宮家の養子縁組に関するもの、刑法はいわゆる「国旗損壊罪」に関するもの、刑事訴訟法は再審をめぐるもろもろの事柄です。
一つ一つが大きな問題ですので、今日は一つだけ。
国旗損壊罪、法案上の名称では「日本国国章損壊の罪」について。
国章損壊の罪が語られ始めたとき
そもそも、なぜ今これが議論されるようになったのか。
最近よく耳にする、外国人をめぐるトラブルとの関連で、問題にされるようになったものかと思っていましたが、どうやらそうではないようです。
「国旗損壊罪」を作ろうという動きは、1999年、国旗国歌法が制定され、国旗が法的に定められた時からあったといいます。
国旗に法的地位が与えられたのだから、法的に保護すべきだろうという感情、それから、外国の国章を損壊することが罪と定められているのに対して、バランスをとるべきだという感情が、その根底にあったようです。
議論のされ方
この、新しい罪を作ろうという動きが、27年越しに実現したのが、この度の法改正だということになります。
しかし、私がざっと調べた限り、上に述べた感情や、それに類する感情以外に、この罪を作る理由は見当たりませんでした。
犯罪というのは、感情によって作ることができるものなのでしょうか。
「お前はキモいから仲間に入れてやらない」と言う身勝手な子供と同じような聞き分けのなさを感じます。
(念のため、補足しておきます。自分が生まれた国や、その国の象徴に愛着を持つことはいいことです。その国やその象徴を脅かす存在とは、戦わなければなりません。このことは固く信じています。)
罪というものは、なるべくない方がいいに決まっています。
新たに罪を作るのなら、やむを得ない事情があった時だけでしょう。
しかし私からすると、どうしても国旗損壊罪を作らないと困ったことになるとか、この罪がないせいでこんなに困ったことになったとかという事情がありそうには見えないのです。
むしろ、この罪を作りたいという思いの人が多かったのではないでしょうか。
この件について調べていると、江藤隆之さんという方の論文「日本国章損壊等罪の立法に関する基礎的考察」に当たりました。
経緯や論点が端的かつ明晰にまとめられていて、おもしろく、参考になりました。
死刑制度のこと
余談になりますが、同じ江藤さんは、死刑制度についても論文「死刑制度をめぐる思索:あるいは死刑制度を廃止すべき理由」を書かれています。
こちらも、どうように、簡にして要を得た、てきぱきした読みやすい論文です。
私がこれまで読んだ死刑制度についての著作では、井田良『死刑制度と刑罰理論』と、森達也『死刑』が特によかったです。
刑罰とは何か、そして何であるべきかという探求から死刑制度を論じる前者と、筆者の直観と取材相手の言葉とを頼りに事実を探求していく後者とは、全く違うおもしろさがあります。
江藤さんの論文は、そのどちらとも違う、一つ一つの論点には深入りしすぎず、論点整理に徹して、いわば功利主義的に判断するという特徴のものです。
これはこれとして、おもしろかったです。
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