府中をお散歩しました

愛知県一宮市の個人塾、いしだ塾の塾長、石田喜嵩です。

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お散歩

昨日何事もなく夜行バスに乗り、府中駅で目覚めた私です。

朝といっても早朝、まだお店も空いていません。
地図を見ると、少し歩いたところに大きめの公園があり、その隣に浅間山公園というのがあります。

浅間山、ってあの浅間山?確かこんなところではなかったような。では何か関係があるのか?気になります。

東京と言っても都心ではないので、どこにでもあるような街並みです。コンビニやカフェなども、あまりありません。

府中の森公園は、早朝だというのに多くの人が行き交っていました。
犬の散歩、虫採り、ランニングなどしています。
空を見ると、うろこ雲がきれいです。
公園内に日本庭園があり、複数のスポーツ用グラウンドがあり、美術館もあります。
美術館は早朝には開いていません。
残念。

出たところに、なんとなく雰囲気のある廃墟があります。
地図アプリで見る限り、軍用地だったようです。

生涯学習センターの前に、二つ石碑があります。
「市民憲章」と「府中市平和都市宣言」でした。
「市民憲章」の前文にの「多摩の流れ」という言葉に惹かれました。
浅間山公園のあとは多摩川に行こう。

浅間山公園は、浅間山を囲む公園です。
しかしその浅間山は、「あさまやま」でなく「せんげんやま」でした。
標高80mの小さな山です。

登った後で、じゃあ、どうやって多摩川へ?と思い、地図を見ると、川は歩くには遠いようです。
最寄りの駅へ、また少し歩かねばなりません。

多磨霊園

浅間山から多磨駅までの間の土地は、多磨霊園で占められています。

脇から入ろうとすると、あまり人が使わない道らしく、蜘蛛の巣がたくさん張っていたので断念、外の塀沿いを歩くことにします。
ある一本の木の枝に、何羽もの鳩が留まっていました。ちょっと飛び上がってはまたその木に戻り、ある枝から別の枝に移り、と不思議な動きをしていました。

なぜ、ここにこんな大きな霊園があるのかと調べてみると、東京の墓地不足を解消するために、大正の頃建てられたのだといいます。
有名な人の墓もたくさんあるようです。

その中に、正宗白鳥の名前もありました。
私は、岡山にある白鳥の生家の跡を訪ね、東京で白鳥が住んだあたりも歩いて回り、疎開先の軽井沢にある石碑も見てきました。
多磨駅で電車を待ちながら、その頃の自分なら白鳥の墓を探しに行ったろうなあと思いました。

電車の終点は是政駅というところで、降りるとすぐ是政橋という橋があります。
駅の方は河川敷が広くて川が見えないので、反対まで行って、下に降りると、橋の下はかなり涼しいことがわかりました。

涼しいし、座れるし、川も見え、川の音も耳に入るいい場所を見つけました。ひと休みです。

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