今朝も顔を洗い、ストレッチをした。冷蔵庫に、食材が溜まっているので、味噌汁、菜の花のオムレツ、スナップエンドウの炒め物、焼きそら豆を拵える。
それでもう昼である。
やはり Monteverdi Choir が、Bruckner のミサ曲を出していたので、他にも Bruckner の曲をいろいろ流す。Bruckner と言えば、今道友信の『美について』の中で触れられていて聴いてみたものの、そのときの自分には良さが分からず、それっきりになっていたのだった。私は随分いい加減な聴き方だが、それでもとにかくいろいろ聴いてきたことで、分かるようになったことが少しは出てきたのだと思う。
朝比奈隆の指揮で交響曲第二番を聞いた。朝比奈隆といえば、中学か高校の音楽の授業の時に、指揮による演奏の違いの例として聞かされた一方が、確か朝比奈隆だったと思う。多分、朝比奈隆の指揮による演奏が印象に残ったのだったろう。他のも聴いてみようと思う。
Furtwängler の指揮で交響曲第四番を聞いた。第四番は何かで聞いたことがあったのだが、その記憶と Furtwängler とは全然別ものだった。Wilhelm Backhaus の「月光」ソナタを聴いたときや、Sir Georg Solti 指揮の Mendelssohn 交響曲第三番を聴いたときにも、同様の感動を覚えたように思う。
事務所は、本で一杯の段ボールが積み上がっている。Browning の Men and Wemen がどこかにあったはずと思ったが、容易に見つかりそうもない。Browning は別に直ぐいるものでもないが、気になって、本の整理をする。幸い今日中にひと段落着きそうである。気に入った本たちが椅子の周りに積み上がって行くのは良いが、目に入る情報が多すぎるようである。手許に一、二冊本が置かれていると、ふとした時に手に取ることもあるが、それが何十冊にもなると手が伸びなくなるものだ。遺品整理の広告で、要るのか要らないのか、何に関するものなのか等の判断を自分でし続けることは案外大変なものだから、お手伝いしますよ、というのがあったが、それは本当だと思う。
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