森有正『遥かなノートル・ダム』所収、「霧の朝」を読んで、本棚に片づける。
河上徹太郎を思い出した。私はこういうもののわかった無口なオヤジが好きだ。
本棚には、持ち主の頭に索引がなければならない。索引があれば、読んだ本がわずかであっても困らない。「折に触れて」読むなどというが、ものを読むためには、「折に触れて」読む以外ないのではないか。指定されて読めば受動的になるし、無数の本の中から能動的に選ぶなどということはどだい無理なことである。
ホイジンガ『中世の秋』も、序文だけ読んで片づける。『井伏鱒二自選全集』も、整列させてしまった。
『死せる魂』と『カラマーゾフの兄弟』が、読まれる時を待っている。
私設図書館すやちいにお客様である。ありがたいことだ。
メレディス『エゴイスト』の訳者まえがきを読んだ。おもしろそー。
『トリストラム・シャンディ』で、主人公トリストラムが生まれるのが少し読み進めてからだというのは有名だが、ガルガンチュアとパンタグリュエルの物語も、ガルガンチュアに比べてパンタグリュエルが長いし、『トム・ジョーンズ』も、トムの登場は第三巻からである。

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