我妻榮『新訂 債権総論(民法講義IV)』の、「新訂版の上梓に際して」に、以下のようにある。
「民法講義IからVIIまでを書こうとする私の仕事は、わが国の道路舗装工事に似ている。終点まで完成する前に、初めの方が破損して用をなさなくなり、乏しい予算で、補修工事と新設工事の両面作戦をしなければならない。貫通道路が完成するのはいつの日か。心細い限りである。
……
民法講義のそもそもの目的は大学の講義用テキストであった。それを一通り完成したら、さらに一層詳しいものを書くつもりであった。しかし、今日となっては、もはやその計画に従うことはできない。私の心の中にあるいろいろの野心がその時その時に私を動かして、一貫した調子を持ち続けることを妨げているらしい。わが国の道路補修工事が、時には穴を埋めるだけであったり、時には一部分のやり直しであったり、時には調子の違ったコンクリートやアスファルト工事であるのと似ている。
ともあれ、学者的生命の続く限り、一貫した本式の舗装工事の完成を最終の目的として、たゆまない歩みを続けるつもりである。」
何となく、心に引っかかった。
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