グラシン紙をかけながら

愛知県一宮市の個人塾、いしだ塾の塾長、石田喜嵩です。

グラシン紙をかけながら

教室の本棚にあったいくつかの本にグラシン紙をかけました。

本棚の背表紙を目で撫でるたび、再会の喜びを感じます。

『関口存男の言葉』、門脇健『死ぬのは僕らだ!』、黒崎政男『哲学者クロサキの哲学超入門』、斎藤正彦『数のコスモロジー』、樋口一葉『たけくらべ』、上田三四二『眩暈を鎮めるもの』、池田亀鑑『平安朝の生活と文学』

関口存男

『関口存男の言葉』は、『関口存男著作集』から、ドイツ語文法に関する関口の考えが伝わる言葉や、言語の学び方、言葉というもの一般についての言葉が集められた本です。
大学のドイツ語の授業で勧められて読んで以来、関口には惹かれてきました。
しかし、『関口存男著作集』は決して安くありません。
この本を大学の書店で見つけたとき、喜んで買ったのです。
他に『セレクション関口存男 ニイチエと語る』、『セレクション関口存男 和文独訳漫談集』も、その時買いました。
それらも教室の棚に並んでいます。

『関口存男の言葉』は、「ドイツ語「関口文法」へのいざない」というシリーズの第一巻です。
第二巻は、予定されていたより刊行が遅れたので、入手したときの喜びもまたひとしおでした。
第三巻は、2026年刊行とのことですが、年内に刊行されるのでしょうか。
楽しみです。

哲学入門二つ

門脇健さんは、ヘーゲル研究者で、ヘーゲルの『精神現象学』とシェイクスピアの『ハムレット』とを結びつけて解釈するという少し変わった研究をされているのですが、論文がなかなか面白かったので、一般向けの新書であるこの『死ぬのは僕らだ!』を買ってみたのです。
本書はソクラテスからレヴィナスに至る八人の哲学者の言葉を一つずつ解説しながら、哲学というものへの手引きをするという著作です。
とはいえ、抽象的な議論や哲学史の話などは避けて、平明な言葉で語られています。
ヘーゲルの章では、ハムレットと結び付けた研究の内容も、手短にまとまっています。

黒崎政男さんは、現代文の教科書でパノプティコンの話を読んだのが初めてです。
現代文の教科書に載っている中でも、平明かつ明晰、端正な文章だと思います。
本書も同じで、第五章でカントの認識論の話をしっかりしているところは難しいですが、第四章まではうまく易しく語られています。

数学のエッセイ

斎藤正彦さんは、大学の数学の定番教科書『線型代数入門』の著者です。
『数のコスモロジー』は、エッセイ集で、数学とはどういうものか、現代数学とは何なのか、数学用語を日本語にするときにどうすべきなのかなど、数学に関して著者の考えたことを語るというもの。
一流の数学者の数学についての考えや、数学教育についての考えが、一般の人々に向けて語られている貴重な作品です。

たけくらべ

『たけくらべ』は言わずと知れた名作ですが、マーク・トウェインが引用して有名になった古典の定義「読んだという結果を誰もが欲しがり、実際に読むことは誰も欲しないもの」(講演"Disapearance of Literature"より)が、この作品にはよく当てはまるでしょう。

廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お齒ぐろ溝に燈火うつる三階の騷ぎも手に取る如く、明けくれなしの車の行來にはかり知られぬ全盛をうらなひて、大音寺前と名は佛くさけれど、さりとは陽氣の町と住みたる人の申き云々

この書き出しは、何度か読み慣れて暗誦できるようになると、心地よい響きに惹かれるようになるものの、この調子で何ページも続くととても読めない、と思われるでしょう。

しかし「たけくらべ」が有名な理由の一つはその雅俗折衷体が成功しているからで、

美登利さん昔しの羽子板を見せよう、これは己れの母さんがお邸に奉公して居る頃いたゞいたのだとさ、をかしいでは無いか此大きい事、人の顏も今のとは違ふね、あゝ此母さんが生きて居ると宜いが、己れが三つの歳死んで、お父さんは在るけれど田舍の實家へ歸つて仕舞たから今は祖母さんばかりさ、お前は浦山しいねと無端に親の事を言ひ出せば、それ繪がぬれる、男が泣く物では無いと美登利に言はれて、己れは氣が弱いのかしら、時々種々の事を思ひ出すよ、まだ今時分は宜いけれど、冬の月夜なにかに田町あたりを集めに廻ると土手まで來て幾度も泣いた事がある、何さむい位で泣きはしない、云々

こういうところなどは、まだどうにか読める、というより字とかなさえ変えれば今の小説と何も変わりはしないのです。
それも、リズムのあるきれいな文章でつづられているので、読み始めると止まらなくなります。

一覧へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です