ちょっと思ったこと

愛知県一宮市の個人塾、いしだ塾の塾長、石田喜嵩です。

日本英文学の黎明

明治期の名翻訳と言えば、二葉亭四迷の「あひびき」と森鷗外の『即興詩人』。
詩で言えば、やはり鷗外らの『於母影』、上田敏の『海潮音』、永井荷風の『珊瑚集』(大正)、堀口大学の『月下の一群』(大正)。
こうみると、近代日本の外国文学受容がフランス文学に偏っていることが分かります。次にドイツ、ロシアということになるでしょう。

英文学受容史において注目すべきは、おそらく坪内逍遥の影響下にあった早稲田(早稲田大学の英文学に関してまとめられているページがありました)と、戸川秋骨や平田禿木、また北村透谷の関係した『文学界』でしょう。
また、土井晩翠も英文学の翻訳を手掛けています。
ラフカディオ・ハーンや夏目漱石のほかにも、カーライルを好んだ内村鑑三や、ブラウニングを講じた植村正久(内村より文学に同情が深いと正宗白鳥がどこかで書いていた)も、影響力があったでしょう。
日本英文学の黎明は、そこここでろうそくが灯されていくような、漸進的なものだったのでしょうか。
またぼちぼち探ってみたいものです。

露伴が読みたい

先日『五重塔』に心躍らされてから、幸田露伴への関心が強まってしまいました。
とくに文体の魅力に肉薄したい思いが強く、露伴の文章をよく読みたい近頃です。
かつてドストエフスキーの『罪と罰』を工藤精一郎の訳で読んだ後、何かドストエフスキーが読みたいと思ったのも、文体の魅力によるものでした。
結局そのあと、同じロシア文学だからとトルストイの『アンナ・カレーニナ』を読み始めてすぐやめてしまいました。
『アンナ・カレーニナ』は数年前に再挑戦しましたが、アンナとヴロンスキーにほとんど共感できなかったので、やめてしまいました。

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