文化の底力
愛知県一宮市の個人塾、いしだ塾の塾長、石田喜嵩です。
警保局長の招待
戦前、内憂外患尽きぬころ。
警保局という、警察業務を統括する組織がありました。
その局長が、時の小説家たち10人あまりを集めました。
場所は水戸市にある名園、偕楽園。
警察のトップがわざわざ偕楽園にご招集願ってまで小説家に何の用か。
ことに時代はずいぶん血なまぐさい戦前です。
現れた警保局長は、案外物腰柔らかに口を開きます。
「今夜皆さんにお集まりを願いましたのは、ほんの私の個人的な気持からですが、由来日本の文学というものに対して、日本の政府は冷淡に過ぎたと思うのであります。政府はもっと文学を大切にしなければならないと思うのであります。美術の方は、前から美術院が出来、文部省が展覧会を開いたりしまして、いろいろやっておりましたが、文学に対しましても、政府は当然文藝院を作りそれを大切にしなければならないのが当然であると思うのであります。それでそれを促進するために、私はこれから始終皆さんと会合しまして、お話を伺うような機会を作りたいと思いまして、今夜こうしてお集まりを願った次第であります。それでこの会合を後に政府が文藝院を作るまでの準備として、私設文藝院と名付けたいと思うのでありますが、皆さんのご意見はいかがでしょうか」
表面は支援しようということですが、実は、こういう会を通して文学を監視して、統制しようという下心。
これに答えて当時の小説の大家が、
「日本の文学は庶民の間から生まれ、今まで政府の保護など受けずに育ってきましたので、いまさら政府から保護されるなんて言われても、我々にはちょっと信用できませんね。それに今の多事多端で忙しい政府として、文学など保護する暇があろうとは思われませんよ。われわれとしては、このままほって置いて貰いたいと思いますね。」
小説家の機知
この話は、広津和郎という小説家の回想記『続 年月のあしおと』という名著にあります。
カッコ内はかなづかいなどを直したほかは、原文のままです。
正続両編合わせても、最も好きな話の一つです。
「当時の小説の大家」と書いたのは徳田秋声で、彼が特別頭が切れるという印象があるわけでなく、文章もずっしりした文体であるだけに、こうして素早く機転を制するというのが面白く思われます。
その後、文藝懇話会として、この会は続き、やがて雑誌を出すことになります。
しかし、その雑誌を政治的に利用されては困ったことになる。
そこで、もう一人の大家、島崎藤村が「雑誌のお台所のことはそちらにお願いしますが、編集のことは、一切私共にお任せください」といった。
要するに、金はおたくら持ちだが中身には口を出すなよ、というわけです。
そこまで含めて、この話は一つ、教訓的な含みも持つ、おもしろい逸話になります。
小説家というのは、世事に疎い、浮世離れしたものかと思ったら、秋声や藤村は、抜け目なく自分たちの立場がなくならないように立ち回っていたのです。
広津和郎の『年月のあしおと』はおもしろい回想記ですので、一読をお勧めします。
私は広津和郎が好きです。
まっすぐなモラリストであるところも好感が持てますし、リアリストに寄った作品もおもしろいし、短編も、評論も味があります。
そして晩年の松川裁判に関する活動。
どれもいまだにアクチュアリティを失っていません。
どの作品にも広津和郎の個性がよく出ています。
わずかに読んだものから選べば『動物短編集』、「幽霊列車」、「崖」、「怒れるトルストイ」、「自由と責任に就いての考察」、「一本の糸」、『神経病時代』。
松川裁判については、残念ながらまだ読めていません。
政府の文化支援
さて、この文藝懇話会の話に関連して思い出すのは、高市政権の「責任ある積極財政」のことで。
政府は、17の分野に投資をすると発表しています。
その一つが「コンテンツ」で、そのうちの「ゲーム」については、野村證券のウェブサイトによれば、全項目のうち3番目に高額な投資が予定されているということです。
この度の話は、「統制」の危険がどれほどあるかは分かりませんが、ゲームにせよ、アニメにせよ、もともとは「庶民の間から生まれ」たものでしょう。
それが、公金によって動かされるならば、動かされる側は相当の警戒心を持っていなければ、あらぬ方へ流されかねません。
むしろ、政府が金を出さずとも、それどころか、対価を手に入れられないと分かっていてもなお、作らずにはいられないというのが、創作というものです。
それが文化というものの強靭さでしょう。
公金を貰わなければ動けない連中とは違うんだ、と啖呵を切って、意地を見せれば、文化の株も上がるでしょうが。
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