6月22日: 任侠映画を見る

昨日作ったラタトゥイユ、冷蔵庫で一晩寝かしたらとてもうまくなった。

『県警対組織暴力』を観た。コミカルでもあり、映し方も美しく、脚本も面白いし、ちょっとしたセリフも面白い。
いわゆる日本人論として、ヤクザが引き合いに出されることがある。あくまでこの一作から判断するに、ヤクザに象徴される、多方面への配慮とふとしたことのはずみで物事が動いていくのが、日本人の肌感覚に合うのだろうという気がする。いわば、しがらみと偶発事の勢いのリアリズムである。島崎藤村、歴史意識の「古層」、無責任の共同体、小林秀雄の「歴史」、宣長…。
オイディプスのような運命も、キリスト教徒のような原罪の意識も終末観も、ほとんどの日本人は知らないできたし、これからも知らないだろう。
ヤクザ映画をもっと見たいとは、とくには思わないが、たけし映画は気になる。

英語の問題を作るのに、ある有名な作品を利用した。たまたま手元に翻訳があったので見てみると、誤訳があった。誤訳というのは、案外あるものである。もしその一文の理解次第で文章全体の意味合いや雰囲気が変わってしまうようなものなら問題だが、そうでなければ全体の理解には差し支えないわけである。まとまりのある文章を、限られた時間で訳すとなると、必然誤訳は出るものである。

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