吉田健一のコラム
愛知県一宮市の個人塾、いしだ塾の塾長、石田喜嵩です。
今日の大学教授がどんなか
学者が少しでも内容がある仕事をするためには何年も黙って研究を続けなければならなくてその研究が出来上がっても発表する機会がないことさえある。そういう学者のために昔は大学教授という職業があったが、今日の大学教授がどんなか、いまさら言うまでもない。……学者のことをもっと考えてやらなければ、何れは根絶やしになるに違いない。
『吉田健一集成 別巻』
この辛辣な言葉、実は70年以上前に書かれています。
吉田健一が匿名コラムに書いたものだそうです。
このコラム、出版界の軽薄さやら、言葉遣いの乱れやら、インテリの視野の狭さやら、いろいろな慨嘆がちりばめられています。
そして、そのどれもこれもが、今日にもそのまま当てはまるのが面白い。
70年前から、私たちはたいして学んでも変わってもいないようです。
それは、そういう怪しからん状態でもなんとかやってこられたということでもあるでしょう。
取り返しがつかないほど悪化したということでなかったならば、ですが。
正宗白鳥の魅力
ギリシア悲劇の解釈
もうひとつ目を引いたコラムを引きます。
先日本紙で正宗白鳥が、実際はどうなるか解らない今日の情勢を明解に論断する時事評論家を責めて、運命はそんな知恵で逃れようとしても逃れられるものではないことを指摘するのに、ギリシア悲劇の作者たちの教訓を引き合いに出していた。「じたばたしたって運命はのがれられないのだから、それに逆らわないで従順に服した方がいいと、ギリシアの戯曲作者も見物も諦めていたらしい」というのだ。
特に晩年、白鳥はギリシア悲劇に言及することが増えます。
それは、上にあるような、悲観的な運命論に興味をひかれた、あるいは親しみを感じたからでしょう。
しかし、吉田健一は「このギリシア悲劇の解釈は現物を読んだことがないものにしか通用しない」といいます。
言われてみればその通りで、ギリシア悲劇は諦めていないからこそ悲劇であり劇であるのです。
白鳥はギリシア悲劇が読めていない。勝手な解釈で妙なことを言っている。
と、いうことになりそうです。
白鳥の書き方
しかしそうならないところが不思議で面白い。
というのは、白鳥が言いたかったのは、生半可な知恵で情勢を語るのは愚かだということで、運命にひたすら服従すべしということではないのです。
だから、ギリシア悲劇作家や観衆が、運命に抗して戦おうとしなかったなどという主張は、論旨と無関係です。
そう考えると、白鳥の言葉は、ギリシアの人々が運命に従順だったという意味ではなくて、運命は人間の力ではどうにもならないことをよく弁えていたというだけの意味で解釈するほうが自然ですし、この解釈は必ずしも不可能ではないでしょう。
「諦めていた」というのは平伏していたということを意味しません。
諦めながら真剣に悩み苦しむということは、決して矛盾ではありません。
私の脳裏には、運命の重圧を支えることも押し返すこともしないで、スーッと脇へそれながら頭を悩ます白鳥の姿が浮かびます。
この吉田のコラムを読んで、白鳥の文章が、余白の多いものであることに気づきました。
白鳥は素直な人だったのだと思います。
思ったことをただ書く。
それを、筋道だったアーギュメントに構成することはないのです。
言葉は、白鳥という人の心の輪郭をなぞるだけです。
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