笠原英彦『皇室典範』

愛知県一宮市の個人塾、いしだ塾の塾長、石田喜嵩です。

皇室典範改正について

先月に可決された三つの法改正について、いわゆる「国旗損壊罪」については、少し書きました。

皇室典範改正については、詳しくもなく、問題が複雑にして微妙なものですので、意見めいたものではなくて、情報整理を。

ただ、最初に一つだけ、意見を述べるなら、天皇制についての問題は、制度としてのあるべき姿と、国民感情、それから、皇室の思い、これらをすべて勘案して決しなければならないと思います。
国民感情はもちろん重要な要因の一つではありますが、それだけで決めてよいものではないでしょう。
これは、国民感情はこういう傾向なのに…、という意見をちらほら見るような気がするからいうだけです。

皇室典範については、何も知らないので、手ごろな本を入手してきました。
笠原英彦『皇室典範─明治の起草の攻防から現代の皇位継承問題まで』(中公新書、2025年1月)です。

出版年を見ればわかるように、これはこの度の皇室典範改正の動きまではフォローしていません。
それまでの皇室典範に関する議論をまとめたものです。

この度の改正については、読売新聞オンラインの記事にて、

旧皇族の男系男子を養子として皇室に迎える案は「禁じ手」だ。旧典範で天皇と皇族の養子を禁止した際、伊藤らがまとめた解説書は「宗系の紊乱(血統の乱れ)」を避けるためと記す。現在の養子案では皇室の誰が養親になるかによって皇位継承順位が変わる恐れがある。皇位に恣意が加わる余地を排した歴史の知恵に学んでほしい。

と発言されています。

側室が廃止された

さて、本書を読んで分かったこと、といっても識者には先刻承知のことでしょうけれども、それは、皇位継承問題とはまた別に、皇室の人数不足という問題があるということです。

上皇陛下は特に公務を重んじていました。
各国の訪問のほかにも、東日本大震災の際の被災地へのお見舞いなど、印象的です。
他にも伝統的な祭祀もあります。
これなど、手順が厳格で複雑なものも多いでしょう。

こうした皇室の活動を維持するために、皇室の人数が少ない、増やさなければならないという問題が、かねてあったということです。

さらに、その背景には、大正天皇の御代からこのかた側室がなくなったということも関係してきているようです。
側室がなくなれば、生まれる人数も減り、人数が減れば自然、皇位継承者も減るわけです。

そうすると、天皇家の伝統を守る、というときにも、そもそもその伝統の一部はすでに結構変わってしまっているということを考慮に入れなければならないことが分かります。
これまでは男系男子(例外的に男系女子)で続いてきたのだといくら言っても、それは側室があったから続けられたのかもしれません。

側室がなくなって、単純に出生数が減ったというだけでも、男系女子、女系男子へと拡大していかざるを得ない理由になるでしょう。
民意はそちらに寄っているし、皇室の中から反感が起こりそうでもありません。
少なくとも、「宗系の紊乱」のリスクを背負い込むよりは、皇室の方々にとっても、宮内庁にとってもいいような気がします。

なお、「リスクが大きいわりに、票にならない」という皇位継承問題の議論を進めたのは、小泉純一郎内閣だそうです。
一つの功績として、記憶しておくべきでしょう。

退位と憲法第四条

皇室典範に関する問題で有名なもののひとつに、退位の問題があります。
かつては戦争責任を取って退位するという事態を避けるため、また、不本意に退位させられる恐れがあるためとして、認められていなかった退位が、特例法によって認められたのです。
退位に関しては、天皇に人権がないことを踏まえ、人権のある人になる権利として、退位の権利を認めるべきだというちょっとおもしろい説もあります(奥平康弘『「萬世一系」の研究』)。

この退位をめぐっても、興味深いことが書かれています。
これは、有名な話ですが、「退位」の意向が報道されたのが、ちょうど安倍政権が念願の改憲に乗り出そうという矢先だったこと、また、それまでの「おことば」などから安倍元首相らへの反感が見えていたことから、このタイミングでの「退位」の言葉は、改憲の妨害として受け止められました。
「退位」を認めるための議論をすることになれば、改憲のための議論はできなくなるからです。

永田町の政権幹部らは、一様に思いもよらぬ報道に驚き、それはたちどころに激しい怒りに変わったとされる。

笠原英彦『皇室典範』p. 154

この一件からも明白なように、天皇は「国政に関する権能を有しない」という日本国憲法第四条の規定は、文字通り受け取ってはいけません。
もちろん直接政治的行為を行うことは直ちに憲法に反するのですが、外形的に政治的行為でなければ違憲とは簡単に言えません。
実際、天皇についての報道が、どんな報道であれ、まったく政治的影響を持たないということはありえないでしょう。

天皇は、実は結構政治的なんですね。

さらに、上皇陛下は、ご自身でものされた「おことば」や、精力的に公務に励むさまからも、その誠実な性格が窺われますが、退位の意向に対して摂政を設けるよう何度も進言されたのに対し、「摂政ではだめ」と頑なに拒んだという話も興味深いです。

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