「訳読」は諸悪の根源である?

愛知県一宮市の個人塾、いしだ塾の塾長、石田喜嵩です。

加藤晴久さんの魅力

先日、図書館にリクエストしていた『加藤晴久文集I 文学・思想篇』『同II 語学教育篇』が収蔵されたので、借りて読みました。
加藤晴久さんは、ピエール・ブルデュー(フランスの社会学者で、日本では「文化資本」論でとくに有名です)の翻訳、紹介をしている人物として知られています。
翻訳書の誤訳を指摘するというのも、加藤さんの有名な活動の一つのようです。
フランス語の話が多いので、フランス語ができない私には正直読みこなせないものも多いです。
蓮實重彦さんや鹿島茂さんの、関連する文章が、最後にまとめてではなく、合間合間に入っています。
その編集がちょっとおもしろいです。

視力が落ちて文字が読めなくなった著者が、遺族のことを思いつつ、自費で出版する、という「まえがき」もなかなか良いです。
I巻冒頭の LA VIE の章には、大江健三郎、川田順造、前田陽一にはじまり、ブルデューについての文章が納められています。
この章からは加藤さんの人間的魅力がよく感じられるように思います。

同巻の「ル・モンド」から世界を読むというのも、私はあまり見たことがないのでおもしろいです。

「訳読」は諸悪の根源

私が個人的に気になるのは、II巻の外国語教育についての作品群。

世界では英語の授業は英語で、フランス語の授業はフランス語でやっている。
日本でも、文法の知識と訳読ばかりやっていないで、話す、聞く練習にもっと重点を置くべきだ。
読む練習も、日本語を介さず読む練習をしなければならない。
文法の解説をしたり、順番に充てて音読と訳をさせるという日本の外国語教育は駄目だ。

というやや過激にも見える主張にも見るものがあります。
この点については、文法と訳読の利点を説く専門家の意見も考え合わせる必要があるでしょう。
とはいえ、翻訳の授業は別に設置することを提案してもいます。
訳読が悪いというより、訳読ができる言語能力がないものに訳読をやらすな、という主張なのです。

さらに、外国語の時間が少なすぎるし、1クラスの人数が多すぎるという主張についてはもっともです。
その対策として、従来型の訳読クラスと日本語を使わないクラスとの選択制にして、外国語を必要としない学生と必要とする学生を分けよ、という意見も、なるほど、とうなずかれます。

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